お犬様の執事の日記
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あくせすかうんたぁ

次代の子らへ~日本とパラオの絆 ぺリリュー島物語
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この場所をご記憶の方もいらっしゃると思います。
ここは、パラオの島々のひとつ、ぺりリュー島の南端にある
「西太平洋戦没者の碑」
今年、天皇皇后両陛下がご供花された場所でございます。

さらに南方にある玉砕の激戦地、
アンガウル島を望むこの場所に・・・
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その慰霊碑は建てられているのございます。

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こちらがぺりリュー島の観光地図でございます。
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この小さな島には、戦時中、日本軍の飛行場がありました。
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今年、両陛下をお迎えするためだけに、一部が舗装されたそうです。
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そして、
現地の墓地の一角に、眠る日本人兵士たち。
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その中にひときわ丁重に祀られている人物が。
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彼こそが、ぺりリュー島守備隊隊長、
日本陸軍 中川州男(クニオ)大佐(二階級特進で中将)

パラオに語り継がれる物語の主人公でございます。
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これは、日本ではあまり知られていない物語。

時は、1944年9月、激化する戦局、
当時日本の委任統治下にあったこの島にも米軍進行の気配が。
目的は、この島にある飛行場の奪取でした。

そして、米軍進行が刻々と現実味を帯びてくる中、
村長、島民一同は、

「隊長さん、私達も一緒に戦うよ!、
この島を守るよ!」

中川大佐の下に直訴するのです。
しかし、
中川大佐は、この申し出に、
あろうjことか、
「帝国軍人が、貴様ら土人と一緒に戦えるかっ!」
激高して、一喝の下に彼らを追い返してしまうのです。

「日本人は仲間だと思っていのに・・・
今までのことは全てうそだったんだ・・・」


島民一同は、悲嘆にくれたのです。
疎開のため無言で船に乗り込む一同・・・
彼らの悲しみに追い打ちをかけるように・・・
誰一人、見送りには来てくれません。。。。。

しかし、船が港を離れた瞬間、
全ての兵士たちが浜に飛び出してきました。
先頭には、中川大佐の姿が・・・・
「元気でなぁ~!、ありがとう!」
みんな手を振り、一緒に歌った日本の歌を歌っています。

「私達を助けるために・・・、
隊長さん、わざとあんなことを・・・」
「やっぱり(今までのことは)嘘じゃなかった。
日本人は友達だった・・・」

全てを悟り、見送りに応えるように、
船上で泣きながら手を振る島民たち・・・
日本人と島民たちの絆は・・強いものだったのでしょう。

「この島は確実に悲惨な戦場になる・・・
島民たちを巻き込むわけにはいかない・・・
何としても彼らを避難させなければ・・・」
その気持ちが通じ合った瞬間でした。。。。。

中川大佐のこの英断のお蔭で、
ぺりリュー島の戦いでの民間人(島民)の死者はゼロでした。
民間人に死者なしという歴史上、稀な戦場となったのです。


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ぺりリュー島ツアーに参加した方々が慰霊に訪れています。

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そして、
圧倒的な物量差の戦いが始まります。
当時、世界最強と謳われたアメリカ第一海兵隊、
大挙してこの島に押し寄せてきました。
対するは、
中川大佐率いる守備隊、関東軍第14師団、水戸第二連隊。
こちらも関東軍最強と言われた部隊だそうです。

日本軍は、島民と一緒に作った洞窟陣地にこもり応戦します。
その洞窟、現在も「千人洞窟(後日こう命名された)」として残っています。
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日本軍の徹底抗戦により、
アメリカ第一海兵隊は、甚大な被害を被り撤退(実質、ほぼ全滅状態)、

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ここは、オレンジビーチ、
米軍の上陸地点であり、最初の激戦地。
日米兵士の血でその浜は真っ赤に染まった・・・と言われています。
そのことが、名の由来と聞いていたのですが、
現地のガイドさんによれば違うようですね。

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今では、遠浅で美しいビーチです。
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日本軍の勇猛果敢な戦いは、
敵将、チェスター=ニミッツ提督もこう称えています。

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「この島を訪れる旅人たちよ、日本を訪れることあらば、伝えてほしい。
この島を守るため、日本軍は勇敢に戦い、そして見事に散った。
彼らの勇気と祖国を想うその心根を!」

この碑は、ぺりリュー神社の片隅にありました。

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近くには、国家「君が代」に歌われている「さざれ石」も。

当初、米軍は3日でこの島を陥落させることができると考えていました。
しかし、
実に73日間、その戦いは続いたのです。
中川大佐率いる守備隊は、
「ここで米軍の進行を一日でも長く食い止めることが、
祖国を、愛する家族を、パラオの人々を守ることになる!」
そう信じて戦ったのです。
そして、その勇猛果敢な戦いに天皇陛下(先代)より10回を超える御嘉章を賜ったと聞いています。

しかし、物量差はいかんともしがたいものでした。
補給路を断たれ、弾薬も食料も尽きていく・・・・
次第に日本軍は追い詰められて行きました。

そして、
1944年11月24日。
生存者は、わずか50数名となり戦いは終焉を迎えます。

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「終焉の地」・・・・・
石碑にはそう刻まれています。
「サクラ、サクラ」(軍旗も機密文書も全て焼却し、我らここに散る)
この短い電文をコロールの本部に打電し、
中川大佐他側近2名、
この地(洞窟内)にて自決し、戦闘は事実上終結しました。

そして、島に帰ってきた島民たちは、信じられない光景を目の当たりにします。
破壊しつくされた施設、そこいらじょうに散らばる友の亡骸・・・・
アメリカ兵は、日本兵の遺体は放置したままだったのです。
島民たちは、泣きながら日本兵の遺体を墓地へと埋葬したと聞きました。

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洞窟内には千羽鶴が・・・・・
ツアー参加者は、すべてお線香を供え、彼らの冥福を祈っていました。

私も、冥福を祈るとともにお線香とともに(きっと一番欲しかったであろう)水を、
ペットボトルをお供えしたのです。

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ふと、何かの気配を感じました。
その瞬間、無意識に・・・
私は・・思わず・・”敬礼”の姿勢を取っていたのです。

パラオに語り継がれているぺりリュー島の物語。
この話を知り、私はこの地を訪れてみたくなったのです。

旅の途中、

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とても優しい目をしたお犬様が見つめていました。
「よく来たね。ありがとう。。。。」
まるでその目は、そう言っているようでした。

平和な時代を生きる私達、
その私達の持つ「平和のものさし」で当時のことを語ることはできません。
戦時下を生きた人の言動は、そして心は到底、測れないと思います。
しかし、
想像もできない状況下でも島民のことを思い、助けるために行動を起こした
指揮官が居たことは事実です。
中川大佐、そして守備隊の方々、
貴方たちの心根は、今もパラオの人々の心に生きています。
きっと私たちの心の中にも・・・・
(そう想う時、なぜか東日本大震災、茨城の洪水の中、
自らの命の危険もかえりみず救助を行う自衛隊の方々の姿が浮かびました)。


追記)
余談ではありますが、こんなお話も聞きました

敗戦とともにパラオは米国の信託統治下となりました。
「日本兵は残虐、残忍だった。」
そう教えようと試みたことがあったそうですが・・・
「ワシは、そんなことは知らん、いっさい聞いておらん!」
長老の一喝で、その話は誰も信じなかったそうです。
お蔭でここ、パラオは、ずっと親日なのだそうです。


28日、
さらに追記。
ここからは、厳選した(?)写真をもとに綴る
ペリリュー島の遺跡編でございます。

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平和な安らぎのひと時を~世界遺産パラオのロックアイランドを行く
パラオ南西に浮かぶ「南ラグーンのロックアイランド群」、
2012年にユネスコの世界遺産に登録されたこの海域を訪れました。

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さあ、ボートで出発でございます。
もちろん、お見送りには、
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お犬様!!

「あっ!、クジラだ!!」
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って、クジラに見える島・・・確かに見えなくもないですが・・・
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最初の停泊地は、ここロングビーチでございます。

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干潮時にのみ現れるロングビーチ!

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海のド真ん中に美しい砂浜が延々と続いています。。。

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この方が、噂の(?)Mr キンタロウ(金太郎!?)。
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そして、お隣がMr キントキ(金時!?)、
お二人が案内してくれました。
このロングビーチ、運が悪いと見えないそうですね。。。
ほとんど、海面しか・・・「船の下がロングビーチです!」ってことに・・・

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はしゃいでいる間に、潮が満ちて参りました。

ロングビーチを後にして「ジャーマンチャネル」を通り、
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ジャーマンチャネル、その名,「German」という通り
ドイツの統治時代にアンガウル島から鉄鉱石を持ってきて
作られたサンゴの海の水路だそうです。
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ボートが真ん中をこんな風に進んで行きます!!
そして次の目的地、
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シュノーケリングポイントへ到着!!
本来なら美しいサンゴと熱帯魚の写真をお届けできればよかったのですが・・・
水中カメラはなし、しかも慣れないシュノーケリングで四苦八苦。。。
私めの力不足でございますm(__)m

そして、無人島へ上陸。
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ここで昼食なのですが、
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各ツアーの参加者が一斉に上陸するものだから、
この日ばかりは、賑やかな無人島でございます。

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おっと!!、ヤシの実が・・・・
これが時々落ちてくるから注意!!
だそうでございます。。。。

お食事を済ませた後は、
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ここ、「ミルキーウェイ
海の色が・・・・まったく違います。近くで見ると、
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さらに鮮やかでございます。
ここの泥は、
保湿成分を豊富に含み、美白にも効果あり!!
キンタロウとキントキさんが海底から泥を取ってきてくれ、
船上でみんなで
泥パック塗って、ヌッテ、ぬりまくって、
海の中へドボン!!
綺麗な海をみてよし、泥を塗ってお肌にもよし!!

女性の方には、お勧めの場所でございます。
但し、私めの写真は紙面の都合上、
かつあいさせていただきます(あまりにも観るに堪えないため)。

さて、時間も順調に過ぎて行き、
最後は、またまた別の無人島へ。
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ここは、私たちのグループのみ上陸したため、
静かな無人島でございました。
でも何気に、イスもテーブルも、トイレまである・・・・・
観光用の無人島でございますね。

ここでココナッツジュースをご馳走になり、
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最後は、ココナッツの皮をむいて、
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わさび醤油でデザートを!

イカに似た味!?、だそうですが・・・・
私には、イカには思えない・・・・

そして、この島で発見!!
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日本海軍の偵察機の残骸!、だそうですが・・・・
とても偵察機には・・・・・
どうしてそう言えるのか!?
数十年前は、原型を留めていて、そう語り継がれているからですかね!!!
ここ、パラオは昔、戦場でした。
いたるところに戦争の跡が、まるで遺跡のように残っています。
戦争の遺跡は、後日ご紹介するとして、
最後に
パラオの無人島の波の音とカモメの鳴き声を。。。。

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皆様へ、
パラオの無人島へ行った気分になって頂ければ幸いに存じます。

これにて、
執事のパラオ世界遺産ご案内、
めでたく(?)終了でございます。

それでは、また。



執事北へ~謎の遺跡と新しい都
誰が、いつ、なんのために!?
オーパーツ、遺跡などを語る時に決まって言われるこの言葉、
ここパラオにもそんな遺跡がありました。。。。
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ストーンモノリス
パラオで一番大きな島、バベルダオブ島の北端にそれはありました。

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んんっ!?何だか想像していたより小さいぞぉ・・・・・
イースター島のような巨大なものをイメージしていた私には・・・・
何だか拍子抜け・・・・
謎の遺跡・・・大袈裟な!!
地元のガイドさんの説明を聞くまでは、何だか岩があるだけ・・・
そうとしか思えません。。。。

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小さいものは大人の背丈より低く、大きなものでも3-4メートル・・・
でも、これらの岩、確かに測ったように一直線に並んでいます!!
そして、遺跡等を語るときにお約束の、、、、
丁度、この岩から太陽が上るとか沈むとかいうやつも
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さらにお約束の人面岩!
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人!?、私には、カッパのお化けにみえますが・・・・
もう一丁、
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にやけたゴジラ・・・にみえますが・・・・
私の目がおかしい!?、のでしょうか・・・・

ちなみにこれは、ただの倒れた岩・・のようですね。
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なんだか岩ばかりご紹介してもあじけないので、

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遺跡の側に咲く美しい花と、

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丘の上から見えるパラオの美しい海でございます。

かつて太平洋にあったと言われる伝説のムー大陸、
それは、イースター島付近からミクロネシアまでも広がっていたと言われています。
だとしたら・・・・
パラオがムー大陸の西端でも位置的におかしくない・・・かっ・・・・
と、思いつつ、
遺跡を後にする執事でございました。

そして、ここから反転、一路南へ、
そこは、ジャングルの中にポツンとある新しい都、マルキョク!
パラオは、2006年にコロールからここ、マルキョクへ遷都したのです。

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これは、国会議事堂。
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このポールには、パラオ16州の旗と国旗が飾られるそうです。

そして、この建物は裁判所。
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なんだか神殿みたいですね。。。。
それにしても、
観光客しかいない。。。。。。
パラオ政府の思惑は、
首都移転でここ、マルキョクもコロールのような賑わいを!
・・・・なかなかそう上手くはいかないようでございますね。。。。

そして、
観光客しかいないこの地で私たちを待っていたのは、
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お犬様でございます。
気温は30度。さすがに暑さでバテてるのでございましょうか・・・・

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起きました!!
この角度では・・・少しシオン様の面影が感じられるお犬様。。。

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私の後をついてこられます。。。。

ここで私が現地のガイドさんに聞いたパラオのお犬様事情を少し。。。
観光中に、
時々、前に車も人も見えないにもかかわらずバスが止まりました。
すると、
お犬様がゆっくりと道を横切って行くのでございます。
首輪はしていますが、
お犬様は基本的に放し飼い!
野犬は、ほとんどいないそうでございます。
事実、住宅街ではたくさんのお犬様を見かけました。
狂犬病の発生地域でもないパラオ。
お犬様ものんびりと平和に過ごせる地なのでございましょう。

ちなみに、
パラオには、
ペットショップはなく、ブリーダーもいないそうです。
お犬様を迎えたいときは、
ご近所の生まれた子を迎えるのだそうです。
一昔前の日本の田舎ではそうでした。
私も小学生の頃、よく子犬を抱いて帰ってきていたように。
(ご近所で生まれた子をもらってきていました。)

ただ保健所はあるそうです。
時々、悪さをしたり(人を咬んだり)首輪をしていない子は、
つれて行かれることがあるとか・・・・

パラオは、動物愛護という点では、
良くも悪くも、一昔前の日本なのかもしれません。
でも頑張っている方はいらっしゃるようでございます。
お猫様、20匹!
引き取って暮らしている方がいるとか!?
時間があれば、お会いしてみたかったのですが・・・
これは次回の楽しみと致しましょう。

それでは、今回はこのへんで失礼いたします。
まだまだ続く、パラオ編。
次回をお楽しみに!



そこは、かつて日本だった・・・
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コロール島、ダウンタウンのはずれにある最高裁判所です。
1945年までは、南洋諸島を総括する南洋庁がここにありました。
ご存じの方も多いと思いますが、
1919年(パリ講和条約締結の年)以降終戦までパラオは、
日本の委任統治領だったのです。
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現在は、スーパーマーケットとなっているこの地には、「パラオ公園」の文字。

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ホテルの部屋には、当時の写真が飾られています。
向かって右側、白い海軍の軍服を着た日本人と現地の方が並んで歩いている!?

当時の日本は、移民を送り、学校、病院、
その他の社会インフラを整備するなどして、現地の発展の手助けをしたのです。
そのお蔭でコロールは1920年代には、(当時の)近代的な街並みに変貌したと言われています。
そして、日本からの援助は戦後も続いており、
その金額はアメリカに次ぐ2番目だそうですね。
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コロールのメインストリート。
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車がかなり多いのですが、タクシーはほとんど見かけません。
自転車で走っている人も見かけませんでした。

メインストリートからちょっと奥の細道を入ると、
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四か国語で書かれてますが・・・マッサージ!?、
何だか怪しげですね。

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これは、パラオの伝統的集会場、アバイ
コロールのメインストリートにあるここは、シニアシチズンセンター。
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シニアの方が集い、おしゃべりを楽しむ場所だそうです。
日本語をしゃべれる方もたくさんいらっしゃいました。
日本人の観光客は大歓迎のようでございます。

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中は、こんな感じです。

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このおばあちゃんは、フユコさん。日本語、お上手でした。
それもそのはず、
実は日本人でこちらにずーっと暮らしている方、
「こんなところに日本人!」というTV番組にも出演したことがあるそうですが・・・
(私は見ていないので・・・)

パラオの人々は、日本を好きでいてくれてます。
驚くことに、地元の方の名字で「キンタロウ(金太郎?)」というのが・・・
聞けば、三代、
おじいちゃん、おばあしゃんの代からこの苗字を名乗っているそうです。
当時の日本人、軍人さん!?、が遊び心で(ふざけて)付けた苗字かも!?
などと不謹慎なことを想像してしまいますが、
ずーっと、そう名乗っているので、ご本人は気に入っているのでしょうね。

またパラオで一番さかんなスポーツは、野球だそうです。
ベースボールではなく、「ヤキュウ」というそうです。
日本語がそのまま現地語に。。。。。。

聞くところでは、ハイスクールの歴史の授業で日本のことを詳しく教えるそうです。
日本語の授業もあり、読み書き(ひらがな、カタカナのみ)は、かなりの人ができるそうなのです。
私は、このハイスクールの教科書にどう書かれているの知りたくて、
入手すべく本屋を探してみましたが・・・一軒もありません。。。
地元のガイドさん、ホテルのクローク、いろんな人に尋ねましたが・・
本屋は、本当にないそうです
新聞も、毎日ではなく、2~3日に一回の発行。。。。
本を読みたい人は、ネットで読んでいるのだとか!?
進んでいるのか、それとも本、書物などを読む人がほとんどいないのか!?
真実は・・・はたして・・・・・

次は、コロールのメインストリートより少し足を延ばして、

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パラオの水族館も行きました。

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周辺は、パラオらしい(?)景色でございます。
この水族館、天皇皇后両陛下もご訪問されたそうでございます。
陛下は、ハゼの研究でもご高名なお方、
と、いうことでか!?
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このコーナー、そしてこの水槽も
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両陛下のご訪問のためだけに作られたとか!?

中には、もちろん!
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おハゼ様!!
ギンガハゼ、この名付け親は、皇后陛下だということでございます。
なんとも恐れ多い、おハゼ様でございます。

それは、さておき、
両陛下のご訪問の際は、わざわざ水槽一式まで作ってしまうほどの歓迎ぶり!
(ほかにもわざわざ両陛下のためだけに作ったのもがあるようです)
いかにパラオという国が、日本を愛してくれているか!?
そう感じられるエピソードでございました。

日本のマスコミは、どこやらの国のことはよく報道していますが、
パラオのことはあまり伝えません。
私達は、パラオという国をもっと知るべきでしょう。
ダイビングスポットで有名!?
それだけではなく、戦前の一昔前より日本を愛し続けてくれているパラオというこの国を!


お犬様の居ない執事の日記、
パラオ編、まだまだ続きます。。。。。
お楽しみに!






続きを読む
「永遠の零」、再び!
こんにちは。
執事でございます。

大ヒットした映画、「永遠の零」がドラマになって帰ってきましたね。

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テレビ東京で、11日、14日と15日の三夜、放送されるようですが、
初回を見逃した私めは、(といってもしっかり録画はしてますが)
今日から見始めるべきか、それとも全部録画して一気にみるべきか、
悩んでいるところでございます。

今回は、原作に忠実に、しかもテレビ東京に保管されている戦記も参考にして
描かれているとかで楽しみにしている私なのでございます。
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原作に描かれていることは、
私めが、小学生の頃に父、祖父、叔父などから聞いた戦争の話と符合いたします。
主人公、宮部久蔵のような人は、少なからず実在したようですね。

(戦争の後半以降、滅茶苦茶になる前は)おおむね規律正しく、
錬度に優れ強かった帝国陸海軍。
しかし、いかんせん司令官の大部分がアホォとしか言いようがない・・・
大人になって、子供の頃の記憶を紐解きながらあの戦争のことを勉強してみると、
負けるべくして負けた、
いや負けるように最初から仕組まれた戦争だったような気がしてなりません。

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宮部久蔵は、何故特攻に?
「自分が教えた生徒たちを救えなかった・・・自分の命は彼らの犠牲の上にある・・・」
或る種の罪悪感と責任感、それゆえ彼は特攻に赴いたのではないでしょうか?

事実、責任感の強い有能な人ほど、責任を取って亡くなっています。
(反対に使えない司令官ほど生き残ってる)
代表的なのは、ミッドウェイで責任を取り、空母飛龍と運命を共にした山口多聞(たもん)少将かと・・・・
歴史に(IF)はありませんが、もし山口少将がレイテ作戦の艦隊司令だったら・・・
と考えたことがありました。

出る杭を打ちまくり、横並びの自己保身主義、これでは戦果は永遠にゼロでしょう。
そしてそのアホォな作戦のせいでどれだけ多くの命が失われたか・・・・
真珠湾攻撃、ミッドウェイ、ソロモン海戦、ガ島攻防戦、そしてレイテ・・・
「永遠の零」に描かれていることは、まぎれもない事実です。
私達(国民)と同じ、一兵卒に過ぎない主人公が、
何を考え何を思ってあの苦難の時代を生きたのか?
私達は、今の時代にその教訓をどう生かせはいいのか?
それを身近に感じる意味でもこのドラマには期待している私でございます。
映画のイメージが強すぎて、期待外れになるかもしれませんが・・・

ちなみに、この零戦の写真は、一昨年に所沢航空発祥記念館で撮ったものでございます。
(零戦エンジン始動のイベントがありました)
所沢航空発祥記念館には、その他にこんな展示もありました。

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最後のは、零戦の設計図ですね。。。。。。


さて、私めの下手なウンチクはこのあたりにして、
本題、お犬様のことに話を戻します。

ロン様、シオン様も「お留守番、再び!」でございました。
前任のシッターさんが辞めてしまい、
またまた新たなるシッターさんにお任せした今回、

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警戒しているロン様、

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お散歩は・・・やはり拒否、のようでございました。
無理もありません。
前回まで来ていただいたシッターさんも最後までお散歩拒否のようでしたから・・・・

シオン様は、

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シッターさんに近づいて歓迎モード。
この後、公園にお出かけし、ご機嫌で歩き、自ら進んで戻ってきたようでございます。
全くと言っていいほど、予想通りのお留守番初日でございました。

下手なウンチクが長くなりましたので、
「お留守番再び!」
の様子は次回で。




終戦の日・・・・靖国神社
こんばんは。
執事でございます。

今日は、終戦の日。と言えば、♪花の都の靖国神社~♪
昨年の参拝者は20万5千人だったとか。。。。。
昼間はかなりの混雑が予想されるなぁ・・・・
ならば、早起きしてお二人のお散歩を済ませ、
私め、朝8時から参拝に行って参りました。

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昨日の荒れた天気がウソのように、晴天でございます。

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朝は、それほど混んでおらず、人の流れはスムーズ。
(お昼過ぎは、参拝の列が進まず1時間以上待ちだったとか。。)

参拝と朝食を済ませ、家に帰ると、お二人にせがまれて朝のお散歩 Part II。。。。
しかし、この暑さでございます。
まだ朝とはいえ、暑い!

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冷たいかなぁ??

シオン様、いきなり日陰の鉄柱へスリスリ!?

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ロン様、その横でそっぽを向いて・・・

お二人、このまま暫く動かなかったのですが、
いつものおじさんのいる(はずの)マンションの入口へ。
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いないのかなぁ??

今日はいつもより朝が早かったせいでおじさんと会えずじまい。。
おじさんに会えないと気が済まない(?)のか、
お二人は入口でキョロキョロ、キョロキョロ

すると、
居たっ!!
なんと、マンションの防犯カメラで姿が見えたとのことで、
おじさんが出てきてくれました!

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大喜びで駆け寄る二人!
今日も朝の日課が果たせて、めでたし、めでたし!
でございます。

さて、話は靖国神社のことに戻りますが、
朝は、粛々と参拝の列が・・・
しかし、午後は兵隊さんのコスプレあり、唄っている人ありで、
賑やかでお祭りのような雰囲気だとか!?
本日は、休みの私め、それを見たさに再び靖国へ。

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連れてってぇ~!

なんと、出がけにシオン様がついてこようとするのでございます
人好きのシオン様、片っ端からご挨拶できると感じたのか?
玄関までついてきて、ドアの外へ。。。。

さすがにお連れする訳には行かず、何とか抱っこして部屋の中へ。
そして、私は再び出かけたのでございます。

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靖国到着!、
やはり午前中よりは人は、はるかに多い!

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なにやら人だかりが!!

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どうやら演奏会の始まりのようで・・・
周りには、歌詞カードを持った取り巻きの人々が!
曲目は、軍歌と昔の歌謡曲でございます。
一昔前の歌声喫茶路上版!?
唄っている人たちは楽しそうでした。
思わず、私もまざって歌わせて頂きました。

この演奏会and歌声喫茶(?)、
企画された方々、
炎天下での演奏、お疲れ様でございます。


靖国神社、
先の大戦、大東亜戦争で命を散らせた英霊が眠る(祀られている)場所。
家族のために、愛する人を守るために命を賭して戦った方々、
彼らのお蔭で今の私たちの日本があるのしょう。
そして、
戦争を生き残り、死んでいった仲間、友のぶんまで頑張って
焼野原から日本を再生して下さった方々も(もう亡くなっている方が多いはず)、
今日ばかりは、
それらすべての方々のために祈りたいと思います。

お犬様の執事こと、私めの守るべきものは、

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お帰り~!!

帰ると嬉しそうに迎えてくれるこのお二人。

靖国の御霊よ、やすらかに。
今の私に出来ることは、何もないかもしれませんが、
皆さんの分までこの命大切に、懸命に今を生きていきます。
私の守るべき命とともに。

この日、終戦の日が来るたびにそう思う私でございます。




東京大学五月祭
こんばんは。
執事でございます。

唐突ですが、友人と18日に東京大学の学園祭に行ってきました。
私めの息抜きでございます。

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日曜ということもあって来場者はかなり多かったようでございます(赤門前)。

お二人は残念ながらお留守番。。。。。

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出かける前にお散歩にお連れしたのですが、なかなか帰ろうとしません。
それどころか、
いつも行くクリーニング屋さんの軒先に座りこんで動かない。。。。
まるで休日に(お二人のお相手をしないで)
朝から出かけるのを解っているかのように・・・
嫌がらせでございますか??
お蔭で待ち合わせに遅れそうに

それでも、お二人を振り切って出かける私でございます。
学園祭なんぞ久しぶり・・・大学卒業以来(残念ながらOBではない)
久しく行っておりません。
なんせ、日本の最高学府、どんな様子か楽しみでございます。

さて、話を戻します。
展示物でも見ようと学内を歩いて行くと、
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えっ?自衛隊がなぜここに??

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聞けば、「戦史研究会」なるサークルが自衛隊の協力を得て
展示を行っているとか。。。。
パネルには、東日本大震災の時の自衛隊の活動などが書かれておりました。
大震災といえば、米軍の「オペレーション トモダチ」は有名ですが、
自衛隊の方々も米軍に決してひけをとらない活躍をされています。
改めて感謝m(__)mでございます。

自衛隊の装備の一部を纏わせてもらい、記念撮影をして参りました。

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でもこれだけだと、いったいどこへ行ったのかわかりませんよね(笑)

他にもロボットの展示などにも行ってみたのですが、どこも混雑していて・・・
人ごみは疲れます。。。
やはり歳ですかね(苦笑)。
やはり、おっさんらしく(?)人ごみを避けて比較的すいている農学部キャンパスへ、

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屋台で焼き鳥とビールで昼食でございます。
えっ、ビール(アルコール)OK??(私が学生の頃はNGでしたが・・・)
でもしっかり管理はされているようで。。。
キャンパス前で年齢証明を見せてタグをもらうのでございます。
タグにはチェック欄があり、5杯目までおかわりOKのようで・・・
それ以上は、酔っ払い防止のためなのでございましょう

またまた話は、脱線しておりますが、
農学部キャンパスに来た目的の一つがこれでございます。

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農学部キャンパス入口横にある資料館。
ここには、あの有名な「忠犬ハチ公」ゆかりのものが。。。
死亡鑑定書と臓器(心臓、肺、肝臓など)がここには展示されておりました。
「ハチ公」は、フィラリアとガンで亡くなったようでございます。

あまり、臓器をみるというのは気持ちのいいものではありませんが・・・
かの有名な「ハチ公」に関する貴重な資料であり、興味深く拝見いたしました。
展示は、こんな感じでございます。
(写真、お嫌いな方はスルーしてくださいね)
コーナー全景)
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説明書き)
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79年も前に亡くなったお犬様。
そのお犬様の遺品(?)が今でもこうしてみられるというのは、
なんだか感動ものでございました。

そして、講演会にも参加したりして、
久々の学園祭を満喫したかったのですが・・・やはり人ごみは疲れます。
あえなく3時するには退散し、帰宅いたしました。
でも久々によい気分転換になった一日でございました。

帰宅すると、
お犬様は予想通り不機嫌
お迎えにも来ません
そこで、
お土産登場でございます!
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 美味い!
お蕎麦など麺類が大好物のロン様(人間みたいですよね)、
美味しそうに召し上がっておりました。

方や、お蕎麦を召し上がらないシオン様は、

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あてつけにか?
新聞を散らかして、その上にフードを置いてフテ寝でございました。


それでは、また。







永遠の0
観てきました。

いい映画でございます。
元旦に観に行ったのですが、客席はほとんど満席、
見渡すと客層は20-30代の女性がほとんどでございました。

単純な戦争映画ではなく、ヒューマンドラマといえる内容でございます。
戦時下でなお、平時の心を失わないゼロ戦の天才パイロット、宮部久蔵。
その心根に映画を通じて触れられた気がしました。

映画の評論はさておき、本日は実物のゼロ戦(零式艦上戦闘機)を
見に行った時のお話でございます。

ゼロ戦、しかも飛行可能なゼロ戦は現存しているのです。

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昨年3月、所沢航空記念館で「ゼロ戦のエンジン始動」のイベントがございました。
これらは、その時の写真でございます。

横から、
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日の丸が鮮やかですね。

コックピットにズーム、
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正面からズーム、
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20㍉機関銃も、
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70数年の時を経ているとは思えない綺麗な機体です。

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このゼロ戦のエンジン音が「永遠の0」にも使われているそうです。
エンジン始動の動画がこちら、



そしてエンジンの回転数が上がり。。。。



いい音ですねぇ♪


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